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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)8875号 判決 1987年11月27日

原告

板橋なるみ

右訴訟代理人弁護士

福村武雄

村田勝彦

被告

山下周太郎

右訴訟代理人弁護士

藤井光男

主文

一  被告は、原告に対し、原告から金四〇〇万円及び別紙物件目録記載の二の建物につき、別紙家屋賃貸借契約証書記載の約定で賃貸借の提供を受け、かつ、右建物の明渡を受けるのと引換えに、別紙物件目録記載の一の建物を明渡せ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

被告は原告に対し、原告から金一〇〇万円及び別紙物件目録記載の二の建物につき、別紙家屋賃貸借契約証書記載の約定で賃貸借の提供を受けるのと引換えに、別紙物件目録記載の一の建物を明渡せ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  木村実は昭和四〇年一二月一日、被告に対し、その所有にかかる別紙物件目録記載一の建物(以下、本件建物という)を賃料月額二〇〇〇円で賃貸し、引渡した。

2  原告は昭和五四年七月三〇日木村から本件建物を買受け、木村と被告との本件建物についての賃貸借契約の賃貸人たる地位を承継した(以下、原、被告間の右賃貸借契約を本件賃貸借という)。

なお、現在の賃料は月額二万三〇〇〇円である。

3  原告は昭和五九年七月一五日被告に対し、本件賃貸借の解約を申入れた。右申入れには次のような正当事由があるから、右申入れから、六か月の経過により本件賃貸借は終了した。

(一) 原告は肩書地で、夫及び二名の子供とともに夫所有の建物に居住している。

(二) 原告の夫板橋剛は店舗の設計並びに店舗の建築請負を業とする株式会社サンコー店舗デザインの代表者である。

(三) 剛の母板橋アサコ(大正一二年生)は現在右会社の社屋(サンコービル)の三階に独居しているが、原告はその家族及びアサコと同居する必要に迫られている。

(1) アサコは膝関節症、股関節症等に罹患しており、歩行、とりわけ階段の昇降に支障を来たし、アサコがサンコービルの三階に独りで居住することは非常な苦痛を伴う状況にある。

(2) アサコは右症状の治療を受けてきたが、遂に、昭和六二年七月一一日股関節症のため鳥潟病院に入院した。

医師の診断では、アサコは昭和六二年八月末までの入院を必要とし、退院後も長期にわたり通院加療を要するとともに、入院前に比して歩行困難の増悪が予測され、特に階段の昇降の困難性とそれが好ましくないことが指摘されている。

(3) 原告は、アサコが歩行困難の際、同女を助けて介護する他、アサコ自身、食事の準備も独りでは出来ない状態にあるため、アサコの食事を用意してアサコ宅まで届けている。

一方、原告の長男(六才)は難病であるペルテス病に罹患しているため、足に装具をつけている状態であり、また、次男は喘息の症状があり、このため、原告は子供らの介護にも忙殺されている。

このような状況にあるため、原告が別居しているアサコの身の回りの世話をすることは肉体的、精神的に非常に辛い状態となっている。

(四) 以上の理由から、原告やアサコらの日常生活をスムーズに行うためには、原告及びその家族とアサコとが同居することが必要であるが、現に、原告らが居住している家屋は手狭で、新たにアサコを入居させるだけの余裕はない。

また、アサコは以前娘の城谷弘美方で同人らと同居していたが、弘美の子の教育問題の件で弘美との仲が気まずくなり、昭和五七年一二月に弘美方を出ている。

そのため、再度弘美方へ戻れる状態にはない。

他に、原告らとアサコが同居できる適切な居宅はない。

(五) そこで、原告は剛やアサコとの相談のうえ被告から本件建物の明渡を得たうえで、本件建物を取壊し、その敷地とこれに隣接する大阪市東住吉区東田辺二丁目八番の四七(剛とアサコの共有)地上に三階建ての居宅を建築し、一階部分をアサコの、二階部分を原告家族の、三階部分をサンコー店舗デザイン従業員用の社宅とする計画をたてた。

(六) 原告は本件賃貸借の解約申し入れ時に被告に対し、立退料の提供を申出るとともに、その後の昭和六〇年五月ころに至って、被告に対し、別紙物件目録記載二に建物(以下、代替建物という)を賃貸家屋として提供することを申出た。

代替建物は本件建物と比較して相応の規模を有し、また、被告の転居に備え、新たに改修工事をなしたものである。

ところで、原告は被告に対し、前記解約申入れの正当事由を補強するため、被告に対し、改めて、代替建物を別紙家屋賃貸借契約証書記載の条件で、賃貸家屋として提供するとともに、一〇〇万円もしくは裁判所が認める相当額の範囲内の金額を支払う用意がある。

(1) 代替建物は本件建物から南へ直線距離で二〇〇ないし三〇〇メートルの近距離にあり、代替建物への転居により被告家族の日常生活が不利益になることはない。

(2) 代替建物はアサコ所有の物であるが、改修をし、本件建物に比較しても十分の広さを有し、かつ、美観を保っている。

(3) なお、原告は被告に対し、代替建物について、4.5畳の洋間の増築工事を認め、その見積工事代金四〇万円を前記一〇〇万円の一部として支払う用意がある。

(4) 原告は原告主張の賃貸借条件の修正が必要であるならばその修正に応じることを予め承諾するとともに、前記工事代金四〇万及び引越料として合計一〇〇万円の金員の支払の用意があるが、金員の支払についても、前述のとおり、右金額に拘泥するものではない。

(5) なお、被告の妻咲子の病気(心臓病など)も代替建物への転居によって悪化するとは思われない。

4  よって、原告は被告に対し、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  同1項は認める。但し、賃貸借の始期は昭和三〇年二月二五日で、賃貸人は木村実の前所有者の木村さだであった。

2  同2項は認める。

3  同3項の本件賃貸借の解約の申入れの事実、正当事由の存在、本件賃貸借の終了したとの事実は否認する。

(一) 同3項の(一)のうち、原告の居住している建物が剛の所有であることは知らないが、その余は認める。

(二) 同3項の(二)は不知。

(三) 同3項の(三)のうち、アサコが株式会社サンコー店舗デザインの社屋の三階に住んでいることは認めるが、その余は否認する。

(四) 同3項の(四)は否認する。アサコが原告らの居住家屋に同居することは十分に可能である。また、城谷弘美方もアサコ方の近接地に居住しており、アサコは弘美方に同居していたこともあり、弘美方もアサコが同居するに十分な家屋である。

(五) 原告の解約申入れには元々正当事由が存しないのであるから、原告が代替建物を提供しても、本訴請求は失当である。

(六)(1) 被告は現在、妻、長男とともに本件建物に居住しているが、居住期間は三〇年以上になる。被告が本件賃借権を取得するについては、当時としては本件建物が購入できる程の二三万円という金員を出捐している。また、被告は本件建物の補修について、相当な金員を費消している。

(2) 被告は三〇年以上の居住期間において確立した近隣住民との人間関係(代替建物は本件建物の比較的近距離に位置しているとはいうものの、いわゆる隣組も異なり、従来の近隣関係は殆んど破壊されることになる)、交通機関との関係、その他の居住環境などから本件建物を永住地と考え、将来は本件建物及びその敷地を購入する積りであった。

(3) 被告の妻咲子は心臓病などに罹患しており、現在も近隣の医院に継続的に通院治療をしており、住居の移転という重大な環境変化は咲子の健康状態に相当な悪影響を与えることが避けられない状況にある。

(4) 原告は、被告が本件建物を賃借し、居住していることを承知したうえで本件建物を取得している。

(5) 以上の事情及び請求原因に対する認否での被告の主張から考えると、原告の請求は理由がない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。なお、<証拠>によれば、被告は昭和三〇年二月二五日木村さだから本件建物を借受けたのが、本件建物についての賃貸借の始まりであることが認められる。

二同2項の事実は当事者間に争いがない。

三同3項につき検討する。

<証拠>によれば、原告の代理人である剛及び村田弁護士が昭和五九年七月一五日被告方に赴き、被告に対し、本件賃貸借の解約申入れをしたことが認められる。

そこで、右解約申入れにつき、正当事由があるか否かについて判断する。

<証拠>によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は肩書住所地で剛及び二名の子供と一緒に剛所有家屋に居住し(原告が肩書住所地で、剛及び二名の子供と生活していることは当事者間に争いがない)、アサコは昭和五八年六月から、剛が代表取締役をしている株式会社サンコー店舗デザインの社屋のサンコービルの三階で、独りで生活している(アサコがサンコービルの三階に住んでいることは当事者間に争いがない)。

なお、原告はサンコー店舗デザインの仕事を手伝っている。

2  アサコはサンコービルに居住する以前の昭和五四年ころから昭和五七年一二月ころまで娘の城谷弘美方で同女及びその家族と生活していたが、弘美の娘(アサコの孫)の教育問題のことが原因で弘美ともめて、弘美と不仲となり、同居しずらくなったため、弘美方を出て、独りで生活するようになった。

3  アサコはサンコービルで独り住まいを始めたころには格別健康に問題はなかったが、昭和五八年の暮ころから左膝に異常を覚えるようになり、階段の昇降に支障を感じるようになった。

このため、アサコはその後あちこちの病院などで治療を受けてきたが、病名は、左膝、右足関節リューマチ、変形性脊髄症と診断されたり、あるいは根性腰痛症、左変形性股関節症、両側変形性膝関節症と診断されたりしているところ、具体的な症状としては、歩行が困難で、歩行痛や歩行制限があり、特に、階段の昇降に支障があるほか、高血圧症もみられた。

4  アサコの症状は右のような状態であったところ、アサコは昭和六二年七月一一日左膝関節炎が急性増悪し、鳥潟病院に入院したが、同年九月二四日の診断では、当初同年八月末までと予想されていた入院期間が同年一〇月末ころまで必要であり、退院後も二、三か月間の通院治療を要するとされている。

また、同年八月八日の診断結果では、今後は膝関節の運動制限のため、階段の昇降は困難で、好ましくないと指摘されている。

5  アサコは、前記の膝の症状が出た後は、外出にも不自由を来し、食事の用意も十分に出来ないため、原告がアサコ方にアサコの食事を運び届けている。

6  原告の二人の子供は昭和六一年五月七日時点で、未だ長男が六才、次男が四才の幼年児であるうえ、長男はペルテス病に罹患しているので、右足に体重をかけないように、装具を装用して治療を行っている。

一方、次男は昭和五九年三月ころから小児喘息の発作が起こるようになり、度々夜中に発作が起こる。

7  原告がこのような二人の子供の世話とサンコー店舗デザインの仕事の手助けなどをする他に、別居しているアサコの食事などの世話まですることは、原告にとって相当な苦痛となっている。

8  以上の原告家族の状況及びアサコの前記症状を考えると、原告及びその家族がアサコと同居して生活することが双方にとって必要であり、有意義であると思われるところ、アサコの前記入院によって右必要性は増大したといえる。

9  現在原告及びその家族が居住している剛所有家屋は二階建ての木造瓦葺建物であるが、原告らの居住、使用が建物全部についてなされているため、新たにアサコが入居して原告らと同居しうるだけの余裕がない。

10  アサコは前記2で述べたように、孫の教育問題が原因となって娘の弘美やその家族との同居生活を止め、弘美方を出たものであるが、弘美方を出る時のアサコは、自分が弘美やその家族との同居生活を止め、弘美方を出て行く以外には解決方法はないとの心境であった。

11  原告や剛、アサコは原告及びその家族とアサコが同居できる建物は所有していない。

そのため、原告は被告から本件建物の明渡を受けたうえで、本件建物を取壊して、原告所有の本件建物の敷地とこれに隣接するサンコー店舗デザインの所有地上に三階建ての建物を建築し、一階にアサコを住まわせ、二階は原告とその家族の住居、三階はサンコー店舗デザインの従業員の寮とする計画をたて、設計図も一部作成した。

12  原告は右計画に基づき、前記認定のとおり、昭和五九年七月一五日に被告に対し、本件賃貸借の解約申入れを行ったが、その際、五〇〇万円の立退料の提供も合わせ申出た。

なお、原告は右解約申入れに先立つ昭和五八年暮もしくは昭和五九年初めころにも被告に対し、本件建物の明渡を求めているが、その際は三〇〇万円の立退料を申出ている。

13  本件建物は木造瓦葺平家建てで、登記簿上の床面積は41.68平方メートルとされている。

その間取りは六畳、四畳半、三畳間の広さの板張りの部屋、二畳半、約四畳の広さの台所に、被告が賃貸借後増築した約四畳の板の間となっていて、実際の建坪面積は公簿上の面積を上回っており、また、敷地面積は公簿上83.18平方メートルである。

被告は本件建物に、妻咲子、長男星幸と三名で居住している。

14  代替建物は、アサコが昭和六〇年三月二三日売買により取得したもので、本件建物から南へ直線距離で、せいぜい二〇〇ないし三〇〇メートル、徒歩で数分の場所に位置し、その周辺は、本件建物のそれと同様、住宅や商店が存在する。

代替建物の敷地は藤田正隆の所有で、その面積は四〇坪である。

アサコは昭和六〇年四月一日正法株式会社から右敷地を期間二〇年の約束で賃借した。

藤田正隆は正法株式会社の監査役であり、同社の代表取締役は同人の妻の藤田玉乃である。

正法株式会社が藤田正隆所有地をアサコに賃貸することについては、藤田正隆と正法株式会社との間で了解が得られていると推認される。

15  代替建物は木造瓦葺平家建てで、アサコが買受け取得後改修工事を行い、改修工事は昭和六〇年五月に完了し、人が居住するには格別問題はない状態になった。

そこで、原告は右改修工事の完了時に、被告に対し、代替建物を賃貸家屋として提供することを申出た。

代替建物の間取りは和室の六畳が二部屋、和室の二畳、約六畳の台所兼食堂、広縁からなっており、本件建物に比べると、床面積はやや狭く、公簿上の面積は43.96平方メートルである。

しかし、代替建物の南側から1.18メートル南へ延長すると、台所兼食堂に隣接した代替建物の南西部分に4.5畳の広さを有する洋間を一部屋建て増しすることが可能であり、建て増し後の床面積は、玄関や土間の広さ、押入れの広さや個数などでなお代替建物が劣っている点はあるものの、本件建物の床面積とそれ程の違いはなくなる。

右増築工事費用は約四〇万円と見積られる。

16  被告は本件建物に三〇年以上居住しているところ、被告はこれまで前記認定した約四畳の広さの板の間の建て増しの他に、自己の費用で屋根の葺替えや壁の塗替えを行っている。

ところで、被告は会社勤めをしていたが、昭和六二年四月に退職し、現在は無職であり、将来の就職についてはまだ明らかではない。

被告の妻咲子はこれまで心臓発作のため入院したことがあり、昭和五八年からは本件建物の近くの岡部医院で、一〇日間に一回程の割合で冠不全の通院治療を行っている。岡部医院は本件建物から二〇〇ないし三〇〇メートルの距離にあり、他方、代替建物からの距離は凡そ四〇〇ないし五〇〇メートルと思われる。

ところで、咲子は眩暈症及び右突発性難聴により、昭和六二年六月一〇日から同月二〇日まで大阪赤十字病院に入院したが、右聴力の低下がみられ、なお、退院後も約三か月間の通院治療が必要と診断されている。

なお、咲子は、日常の買物は主として本件建物の東側にある駒川の商店街で行ってきたところ、駒川商店街までの距離は、本件建物より代替建物からの方が僅かながら近い。

被告の長男星幸は独身であるが、同人が結婚後も被告ら夫婦と共に本件建物で生活することは本件建物の広さからみて無理と思われ、この点は、代替建物で被告らが生活する場合も同様と推察される。

17  被告や咲子は代替建物へ転居することによって、生活環境が変化することは咲子の健康状態に悪影響を及ぼすのではないかとの不安を有している。

しかし、被告らは右の点について医師に相談したことはなく、あくまでも被告らの主観によるものである。

このように認められ、右認定に反する証拠はない。

四右認定によれば、アサコの症状、殊に昭和六二年七月一一日以降の症状及び原告家族、とりわけ、子供らの健康状態からみて、原告及びその家族とアサコが同居して生活するのが双方にとってより好ましいことであり、原告及びその家族とアサコの同居の必要性は相当程度強いといえる。

そうして、右同居を可能にするためには、アサコが弘美方を出た際の事情や弘美方を出てからそれ程年月が経過していないこと、原告や剛、アサコが現在同居可能な家屋を所有していないことからみて、原告が被告から本件建物の明渡を受け、本件建物を取壊したうえで、本件建物の敷地とその隣接地に新しく建物を建築して、原告がその家族共々アサコと該建物で同居する必要性があることが認められる。

確かに、被告は本件建物から立退くことによって、三〇年以上にわたって築いてきた隣人との人間関係を失うような結果になる恐れがあることは否定し難いかも知れない。

右の点を一つの理由として、本件建物からの明渡を拒む被告の気持は心情的には十分理解しうるところである。

しかしながら、その明渡により、被告の被る損失は、前記認定した、原告が本件建物を必要とする理由に比べると、相当額の金銭的補償及び本件建物に代わる他の賃貸建物の提供によって償われる程度のものと考えられるところ、原告は被告の本件建物の明渡につき、本件建物の所在場所から徒歩で数分の位置にある代替建物の提供を申出ているものであり、本件建物と代替建物との位置関係、両者の造りや間取り、周囲の環境及び買物などの日常生活並びに咲子の岡部医院への通院などの利便などにそれ程大きな違いはないと推認されること、本件建物から代替建物への転居による咲子の病状への影響についても、医学的に右転居が絶対的、必然的に咲子の病状に悪影響を及ぼすとの結論が避けられないとの証拠がないことなどからみて(咲子についても、前記認定した、聴力の低下という症状からみて、少なくとも、一時的には転居の煩わしさや転居疲れなどが生じるであろうことは否定できないかも知れないが)、被告があくまでも本件建物を使用する必要性があるとまでは言い切れないものと考える。

しかして、原告が昭和五九年七月一五日の解約申入れの際、被告に対し、金銭支払の申出をなし、次いで、昭和六〇年五月に代替建物を賃貸家屋として提供することを申出ていることは前記認定のとおりである。

ところで、右認定事実によれば、原告の意思としては、金銭支払の申出と代替建物の提供の申出とは相互に関連はなく、金銭支払もしくは代替建物の提供のいずれか一つのみを正当事由を補強する要素と考えていたのではないかと思えなくもない。

しかしながら、前記認定の、原告は本件賃貸借の解約申入れ以前にも、被告に対し、立退料の支払を条件に本件建物の明渡を求めたことがあり、本件賃貸借の解約申入れの際も、当然のこととして金銭の支払の申出を行っているし、代替建物の提供の申出後も金銭支払の申出もなしているとの事実から考えると、昭和六〇年五月に代替建物の提供を申出た原告の気持としては、代替建物の提供を申出ることによって、それまでに申出ていた金銭支払の申出を撤回するというまでの意思はなく、明渡の正当事由を補強する要素としては、金銭支払の申出よりは代替建物の提供により比重があるものの、依然として先になした金銭支払の申出も維持しているものとみるのが相当である。

以上によれば、原告の本件賃貸借の解約申入れは、原告の代替建物の提供及び金銭支払の提供を条件として、正当事由を具備するに至ったものと認めるのが相当である。

したがって、本件賃貸借は、遅くとも、原告が代替建物の提供を申出た昭和六〇年五月から六か月を経過した同年一一月末日をもって終了したものというべきである。

五そこで、代替建物の賃貸借の条件について検討するに、別紙家屋賃貸借契約証書記載の内容をもって相当と考える。

次に、金銭支払の額についてみるに、前記認定した、被告がその費用で本件建物の修理などを行った事実や転居後予想される代替建物の一部増築工事その他前記認定の諸般の事情を総合すれば、原告が正当事由の補強として支払うべき金銭の額は、四〇〇万円とするのが相当である。

六よって、原告の本訴請求は、別紙家屋賃貸借契約証書記載の内容による代替建物の提供及び金四〇〇万円の提供と引換えに明渡を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用し、なお、仮執行宣言を付するのは相当でないから、その申立を却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官武田和博)

別紙物件目録

一 (一棟の建物の表示)

所在 大阪市東住吉区東田辺二丁目八番地二六、同番地四五、同番地四九

構造 木造瓦葺二階建

床面積 一階 177.20平方メートル

二階 26.56平方メートル

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 東田辺二丁目三九番二

種類 居宅

構造 木造瓦葺平家建

床面積 41.68平方メートル

二 家屋の表示

所在 大阪市東住吉区東田辺二丁目二九番地

家屋番号 同所一三一番

種類 居宅

構造 木造瓦葺平家建

床面積 43.96平方メートル

別紙家屋賃貸借契約証書

第一条 賃貸人(以下甲という)は、末尾記載の家屋を賃借人(以下乙という)に対し、以下の条項にもとずきこれを賃貸し、乙はこれを賃借する。

第二条 家賃は一ケ月金二万三、〇〇〇円と定め、毎月末日限り、甲方へ持参して支払う。

第三条 賃貸借期間は、本件契約締結日より二〇年間とする。

第四条 賃借物件の転貸および賃借権の譲渡はできないものとする。

第五条 賃借物件は、住居を目的として使用することとし、甲の書面による承諾なくして造作・加工等の変更はできないものとする。

第六条 将来、借家法規定の家賃増、減請求権の生じたときは、甲乙双方協議のうえ、家賃を改訂できる。

但し、現況建物の南側に設置の塀を南側へ1.18メートル移動させること、別添図面にもとずく増築をすることを予じめ甲は許諾する。

賃貸借家屋等の表示

一 家屋の表示

所在 大阪市東住吉区東田辺弐丁目弐九番地

家屋番号 同所壱参壱番

種類 居宅

構造 木造瓦葺平家建

床面積 43.96平方メートル

二 利用できる敷地の範囲の表示

大阪市東住吉区東田辺弐丁目弐九番宅地1517.35平方メートルのうち、右家屋敷地82.09平方メートル(但し、別添図面のとおり)

昭和  年 月 日

賃貸人

甲 板橋アサコ

賃貸人

乙 山下周太郎

別紙図面<省略>

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